太陽光発電などの分散型電源が本格的に普及する前は、変電所(電源)から需要地(負荷)の一方向に電気が流れるという前提で、配電系統の電圧を安定化させることができた。しかし、社会は近年大きく変わった。脱炭素化社会に向けて、配電系統に分散型電源が大量に連系。そして、分散型電源が連系すると、需要地(負荷)から変電所(電源)の方向にも電気が流れる。しかも、天候や季節によって、その方向は瞬く間に変化する。電気が流れる方向が変われば、電圧の変動の仕方も変わる。電力の安定供給という電⼒会社最⼤の使命を果たすためには、送配電網の電圧 を安定させなければならない。太陽光をはじめとした新たなエネルギー源が普及する時代において、いかにして安定した電圧を保ち続けるか。新時代を⽀える送配電システム の構築に、4⼈の技術者が挑んだ。
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中部電力パワーグリッド株式会社
配電部門
配電部 配電計画グループ原田 圭
2009年入社 理工学部電子工学科
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中部電力パワーグリッド株式会社
配電部門
配電部 配電計画グループ田中 秀和
2015年入社 工学研究科材料工学専攻
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中部電力パワーグリッド株式会社
配電部門
配電部 配電系統高度化グループ佐々木 俊介
2004年入社 電気学科電気専攻
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中部電力パワーグリッド株式会社
配電部門
配電部 配電系統高度化グループ岩本 泰典
2012年入社 理工学部電子情報学科電気電子専攻
プロジェクト相関図


温暖化の抑制や脱炭素社会の実現に向けて、太陽光発電をはじめとした再生可能エネルギー(再エネ)の普及が進められている。蓄電池や電気自動車(EV)など、今後もエネルギーのあり方は多様化が確実視されている。送配電網に流れる電気が複雑化する新時代に即した送配電システムとして、「電圧集中制御システム」の構想が持ち上がった。

「守る」から「創る」への配置転換。なぜ自分が!?
送配電網の電圧を安定させるために、変電所や電柱上には「電圧調整器」が設置されている。営業所では過去1年分の電圧値のデータから、適正な電圧の値である「整定値」を算出。電圧調整器に整定値を⼊⼒することで、送配電網内の電圧を調整し、安定させている。専⽤ツールを使うとはいえ、整定値の計算は⼈がおこなっている。電圧調整器への⼊⼒作業も、作業員が現地に出向いておこなっている。
電圧にそれほど変化がないときは、この⽅法でも問題なかった。しかし再エネや蓄電池、EVなどが普及すると、送配電網内の電圧は⽬まぐるしく変化することになる。従来の⽅法では適正な制御はおぼつかない。そこで、センサー付の開閉器や普及が進むスマートメーターから電圧情報を取得し、専⽤システムで整定値を⾃動計算。さらに電圧調整器へ整定値を送信して⾃動的に設定を変更しようという構想が持ち上がった。「電圧集中制御システム」と呼ばれるこのシステムは2011年頃から検討が始められ、このときプロジェクトに加わったのが佐々⽊だ。
「異動が決まったときは「なぜ自分が!?」と思いました。それまでは配電設備の建設や保守に携わっていたんです。先輩たちがノウハウと技術を蓄積してきてくれた仕事です。ところがプロジェクトでは、システムも設備もまったく新しいものを作らないといけない。そんな仕事はしたことがありませんでしたからね。」
分野は違えども、挑戦の文化がプロジェクトを後押し
佐々木に課せられた役割は、コンセプトを具現化するためのシステムや機器の仕様を決めること。佐々木の言葉を借りれば、「絵空事を現実にする仕事」だ。
「社内で誰も作ったことがないものを、私が作らないといけない。とにかく考えるしかありません。わからないからといってためらってはいられないので、ありとあらゆる人に相談しました。ベストな答えなど誰もわからないので、ベターだと思える答えを試しては改善するという繰り返しでした。」
試行錯誤の日々の中で佐々木は、「単体で作るな。全体を見ろ。」とアドバイスされたことが心に残っていると言う。電圧集中制御システムは情報を取得するセンサー、計算をおこなう情報システム、電圧のコントロールを実際におこなう調整器とさまざまなパーツで成り立っている。それらの個々の完成度ではなく、全体が組み合わさって働いたときの完成度を重視しろというアドバイスだ。作っているものや取り組んでいる挑戦自体は前例がないものかもしれない。しかし、技術や分野は違えども「挑戦する」という文化を中部電力グループは持っている。そこで培った物事の考え方や取り組み方は、佐々木の背中を力強く押してくれた。「なぜ自分が!?」から始まった佐々木の挑戦は、約3年を経てシステムや機器の仕様決定という成果につながった。
苦労もたくさん経験しましたが、効率的な電力供給や再エネの効率的な導入、供給の信頼性向上などに寄与できる、とてもやりがいの大きな仕事でもありました。


佐々木が構想のコンセプトを具現化し、システムや機器の仕様に落とし込んでから約2年。試作機などができあがり、2016年から検証試験が始まった。そこで得た知見を基に構想はブラッシュアップされ、2021年4月からは新システムの試験運用がスタート。目指すのは同年6月の運用開始だ。しかしそのプロセスでは、想定外の事態が起こっていた。


電圧調整器の通信が反応しない!⼀体どうなっているんだ!?
システムや機器の仕様が決まると、システム開発会社や機器メーカーがそれらを実際の形にしていく。電柱上に設置する電圧調整器の場合、従来はコンビニで使⽤される冷蔵庫ほどのサイズだったものを⼩型化しつつも、システムとの遠隔通信機能を追加。⽀える電柱も2本から1本へと減らした。とはいえ、重量は2tにもおよぶ。性能はもちろんのこと、安全性の⾯からもメーカーの⼯場内で⼗分に検証試験がおこなわれたうえで、満を持して実現場での検証試験が開始された。試験地は三重県。この地で配電線の系統技術業務に従事していたのが岩本だ。当時、すでにプロジェクトは社内で話題になっており、岩本は⾃⾝の勤務地で試験がおこなわれることに期待感を持っていたという。
「設置する電圧調整器は営業所のシステムと遠隔通信し、整定値をリアルタイムに受け取り、電圧をコントロールしなければいけません。メーカーの⼯場内の検証ではうまく通信できていました。ところが、フィールドでは通信が失敗したんです。」
岩本は通信の妨げとなっている課題を洗い出した。それらをメーカーとともに一つ一つ検証し、解決を図っていった。
「これまでは、お客さまから太陽光発電の導⼊についてご相談をいただいた際に、配電系統の電圧が問題になることがありました。社内でも関連するさまざまな業務が発⽣していました。それらが解消されると思うと、予想外の事態が起こったときも⾮常に前向きな気持ちで取り組むことができました。」
データが想定通りに取得できない!残された時間は、あと3ヶ月
2020年11月にプロジェクトに加わった原田も、予想外の事態に遭遇した一人だ。当時は、翌年4月に予定されている試験運用を目の前にした時期。すでにプロジェクトは社内外から大きな注目を集めており、「必ず予定通りに運用を開始しなければ」というプレッシャーも大きかったと言う。しかし、思い通りにはいかなかった。
「スマートメーターが現場で集めたデータを集約し、システムが整定値を自動計算するというのが今回のプロジェクトの核になる部分の一つです。この場合、スマートメーターが正しいデータを集めることが大前提となります。ところが、実際に集まったデータには欠損が数多くありました。集めたデータが正しくなければ、算出される整定値も当然ながら正しくはなりません。このことが発覚したのは、運用開始の3ヶ月前でした。」
原田たちのチームは「一体どうなっているんだ!」と色めき立った。と同時に、冷静に原因の究明に動き出す。紙の配電図も持ち出しながらロジックを見直した。データの欠損を補完する方法は、手計算で導き出した。チームが一丸となり、社外のメーカーまで巻き込んで問題解決に取り組んだ数日間。「いざというときにみんなが一つになる。プロジェクトメンバーのチームワークが発揮された瞬間でした。」
そして、システムの改修は成功。予定通りの⽇程で運⽤開始を迎えることができた。
プロジェクトは太陽光発電の普及を後押しし、地球環境の保全に貢献します。人類全体の発展に寄与できるという、非常に大きなやりがいを感じています。

送配電網を高度化することは、脱炭素や持続可能な社会の実現に向けて必要不可欠な取り組みです。そのような重要なテーマに携わり、貢献できることがやりがいです。


コンセプトがまとまった2016年から5年後、検討が始まった2011年から数えると10年の時を経た2021年に新システムは運用を開始した。しかしそれはゴールではなく、むしろスタートだ。広大な中部電力パワーグリッド管内のごく一部から始まった新システムの運用は順次、エリアを拡大していく。その過程ではシステムの改善も重ねられていく。

予測困難な「人」の行動を読み解き、システムに落とし込む
中部電力パワーグリッド管内では、約8,000台の電圧調整器が⽤いられている。そのうち、新システムに対応した機器に⼊れ替えられたものは約2,000台(2024年7⽉現在)。機器を⼊れ替えたからといってすぐに新システムに切り替えられるかというと、必ずしもそうとは限らない。データの収集に不具合はないか、収集したデータから導いた整定値は適切かなどの検証をおこなったうえで、ようやく新システムへの切り替えがおこなわれる。プロジェクトは今もまさに進⾏中なのだ。そして、より良いシステムにするための改善もおこなわれている。「整定値を計算する元になるデータから不良データを洗い出し、計算の精度を⾼める仕事を担当しています。」いう⽥中も、改善に取り組む一人だ。
⽥中は今、蓄電池やEVが普及して「電気をためる、ためた電気を使う」ことが⼀般化した社会を⾒つめたシステムの構想を練っている。
「現在のシステムは、太陽光発電への対応を念頭に開発されました。太陽光発電は天気のいい昼間に発電するという規則性があるため、過去数⽇間のデータを利⽤することで、配電系統の電気の流れをパターン化し、太陽光発電の出力変動を考慮した最適な整定値を導き出すことができます。
しかし、今後、蓄電池やEVが普及してくると、それらの分散型エネルギーリソースを保有している人が各々のニーズに合わせて蓄電池の充放電をおこなうようになるため、配電系統の電気の流れをパターン化するのが難しくなると考えられます。今後も電圧の安定化を守っていくためには、これらの変化に対応したシステムを開発していかなければなりません。誰もやったことのないチャレンジですが、それこそがこのプロジェクトのおもしろさです。」
社会が脱炭素を目指していく中、太陽光発電や蓄電池、EVといった 「分散型エネルギーリソース」は、今後さらに普及していく見込みだ。脱炭素社会に向けて⼤きな役割を果たせることが、プロジェクトのやりがいだといえるだろう。
社会が脱炭素を目指していく中で、太陽光発電や蓄電池、EVといった「分散型エネルギーリソース」は、社会にさらに普及していきます。
そういった構造変化が起きる社会に貢献できることが、プロジェクトのやりがいです。

※掲載社員の仕事内容・所属部署は取材当時のものです。