計画停電は起こさない

Story

2011年3月、合計10日間にわたって首都圏で断続的に「計画停電」が実施された。同月11日に発生した東日本大震災による電力供給の大幅な低下にともなう、苦渋の措置だ。この出来事をきっかけに、「被災地へ他地域から電気を送るしくみを充実させよう」という機運が高まる。電気の架け橋となる舞台は静岡市。3人の技術者が、災害に強い国づくりへ挑んだ。

  • 葉山 貴志

    中部電力パワーグリッド株式会社
    変電部門 基幹系統建設センター
    東清水FC工事所

    葉山 貴志

    2011年入社 電気電子工学科

  • 民部 昌孝

    中部電力パワーグリッド株式会社
    変電部門 基幹系統建設センター
    東清水FC工事所

    民部 昌孝

    2019年入社 工学部工学研究科電気工学専攻

  • 葉山 貴志

    中部電力パワーグリッド株式会社
    変電部門 基幹系統建設センター
    東清水FC工事所

    髙田 尚樹

    2019年入社 工学部工学研究科電気・機械工学専攻

プロジェクト相関図

葉山 貴志
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静岡市の山中に、要塞のようにたたずむ施設がある。東清水変電所だ。この施設は発電所から送られた電気を静岡市全域に届けるために電圧を調整する役割の他に、西日本と東日本で異なる電気の周波数を調整し、両者での電気のやり取りをおこなう周波数変換設備(FC:Frequency Converting substation)としての役割も持っている。FCの機能を強化すべく、設備の増強工事が始まった。

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誰も経験したことのない技術とパートナーに、不安からのスタート

災害時に被災地へその他の地域から電気を融通しようと考えた際、大きな壁になるのが東西での周波数の違いだ。新潟県の糸魚川と静岡県の富士川を結ぶ線を境界として、西側では60Hz、東側では50Hzの電気が用いられている。境界をまたいで電気を送る際は、周波数を変換しなければならない。そのための設備がFCで、現在、東清水FCを含めて日本で4箇所(佐久間、新信濃、東清水、飛騨)が稼働している。
2011年の東日本大震災をきっかけとしてFCを増強する構想が立ち上がり、従来の210万kWという変換能力を300万kWに倍増させる計画が進んでいる。このうち、東清水FCは60万kWの増加分を担当。合計90万kWの設備になることを目指し、2020年から増設工事が始まった。
FC内で用いられる設備に不具合がないかを見守ったり、万一の際には安全に稼働を止めたりする「保護制御装置」の設計から運転開始までを担当する民部は、2023年からプロジェクトに加わった。
「本プロジェクトでは、周波数変換設備としては日本で初めて自励式変換装置を導入します。しかもそれは海外製。海外メーカーの変換装置を導入することも当社にとって初めての経験です。大規模なプロジェクトに参加できることのわくわく感以上に、責任の大きさや仕事の難しさに不安を感じながらのスタートになりました。」

英語資料を読み込み、思いを伝えることで共に前に進む

従来のFCでは、「他励式」と言われる変換装置が用いられていた。これは、50Hzと60Hzの両方の電気が健全な状態でのみ変換をおこなうことができるものだ。一方の自励式は、どちらかの電気が止まっていても変換が可能。災害により強い設備だと言える。日本ではまだほとんど導入例がなかったが、海外での実績や今後の技術動向などを考慮し、自励式の導入が決まった。さらに設備メーカーも海外企業となった。
民部は「当然ながら設備に関する資料は英語です。仕様はさまざまなやり取りを経て最新のものに至っているので、担当者としてはその過程も理解していないといけません。その資料ももちろん英語。過去にさかのぼって読み込み、理解することが大変でした。」と語る。
加えて民部を悩ませたのが、日本と海外での仕事に対するスタンスの違いだ。例えば日本企業の場合、正常に稼働している設備であっても何らかの故障がある際には対処を考える。しかし海外では、「正常に稼働しているので問題なし」と考える。またメンテナンスなどの運用時を想定すると「技術の中身まで理解しておくことが大切」と考えるのが日本企業だが、「そこは企業秘密です」と言ってブラックボックス化させるのが海外企業だ。
「私たちにとっての当たり前が、なかなか通じませんでした。かといって、私たちにも譲れない思いはある。「なぜその情報が必要なのか」「なぜそうしてほしいのか」などを丁寧に説明し、納得してもらうことで一つずつ仕事を前に進めていきました。」

生活にとって「当たり前」に必要な電気の安定供給に携わる私たちの仕事は、当たり前のように遂行されるべきものです。そのため決して目立つものではありません。しかし、多くの人の生活を支えていると実感できる魅力的な仕事です。

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今回の工事は施設の新設ではなく、稼働中の設備に隣接する敷地に新たなFCを増築するものだ。当然、既存設備の運転に影響を与えることは許されない。工事が完了して新規設備が運転を開始する予定時期は2028年3月。それまでに二つのFCを新築する。限られた敷地、限られた時間の中、誰もがそれぞれの責任を果たす「いい仕事」をしようとする。それは、思惑のぶつかり合いと紙一重だった。

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専門は電気?それとも土木や建築?枠にとらわれず工事をけん引

民部とときを同じくして、もう一人の若手技術者がプロジェクトに加わった。変電機器の工事を担当し、設計や発注、現地搬入、現地での調整試験などを経て運転開始までの一連の業務を受け持つのが髙田だ。入社後、岡崎支社と名古屋支社で変電設備の保守業務や工事業務に携わってきた髙田は、プロジェクトへの参加にあたり、「大規模な工事に参加できると聞き、めったにないことなので、やる気に満ち溢れていました。」と語る。しかしほどなくして、工事の大規模さに髙田は悩まされることになる。
東清水FCの最も主要な設備である周波数変換設備は、建物の中に設置される。当然、建物を建てる必要があり、そのために整地して基礎を整える必要がある。建築工事や土木工事が必要なのだ。しかも設置する周波数変換設備は2基。それにともない、土木・建築工事を2回おこなう。さらに、それらの工事は既存の設備の横でおこなわれる。工事が要因となって既存設備の運転に影響を与えては、電力の安定供給という使命が揺らいでしまう。そのため髙田は、担当する変電機器のことだけに専念するわけにはいかなかった。
「工事に関わる人は誰もが、「いい仕事をしよう」「期日にきっちりと間に合わせよう」という使命感を持っています。その使命感が強いがゆえに互いの思いがぶつかってしまうこともあります。それを調整するのが私の大きな役割でした。」
作業工程の調整のため、それぞれの部門の仕事内容や思いを理解しなくてはいけない。変電機器が専門の髙田も、他分野の仕事を積極的に学んでいった。それぞれの仕事への理解が深まると、「譲れないところ」「譲ってもかまわないところ」の線引きも見えてきた。それらを組み合わせながら、「安全に、気持ちよく工事してもらえるよう考えました。」という工程を構築。各部門が息を合わせながら、複雑な工事が着実に前進していった。

電力会社で携わる設備の多くは交流ですが、FCでは直流の設備を扱っていたため、新たに多くのことを学ぶことができました。また、海外製の設備に携わることもでき、今後の仕事に役立つたくさんの経験を積むことができています。

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工事が始まる3年前。プロジェクトが正式に立ち上がり、詳細な検討に取りかかったこの段階からチームに加わっているのが、現在、工事所で統括業務を担当する葉山だ。東日本大震災の発生は葉山が入社する3週間前。計画停電を目の当たりにした経験を持つ。あれから10数年。電力融通に貢献するプロジェクトに、並々ならぬ思いで挑んでいる。

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難しい仕事だからこそ、若手が成長できる機会に

葉山が東清水FCプロジェクトに携わるのは、現在が二度目になる。最初は詳細な計画立案に携わり、いったん他の業務に移った後、工事が本格化する2022年に再び参画した。工事の統括業務を担う葉山の役割は多彩だ。経験豊富なエンジニアとして設備の技術評価もおこなえば、部下の育成・指導というマネジメント業務も担当。電力広域的運営推進機関や地域住民への説明、マスコミ対応といった対外的な業務も受け持っている。その中でも葉山が心を砕く役割の一つが、部下の育成・指導だ。
前述のとおり、今回のプロジェクトでは海外メーカーの自励式変換装置の導入という初めての取り組みがおこなわれる。葉山もそこを、プロジェクトの成否を左右するカギと考えていた。
「海外の技術者とは、法令や規格といった国内の常識が共有できていないところから仕事を始めなければいけません。そこでこだわったのが、顔を合わせて話をすることです。当社のニーズや目的を熱意をもって伝えることで、海外メーカーといえども私たちの思いを理解してくれます。もちろんそのためには、国内の法令や規格の本質を理解し、相手の疑問などにしっかりと答えられるよう準備をしました。」
葉山はこの考えを、ときにはメンバーに助言し、ときには自身が行動で示した。髙田が経験しているような大規模工事ならではの調整でも、相手の立場に立って物事を考え、丁寧に自身の意図を説明することの重要性を説いてきた。その結果が、若手技術者二人の仕事ぶりだ。「難しい仕事だと思いますが、二人は非常によくやってくれている。」と葉山は目を細める。

大きな工事こそ、地域の小さな声を大切にする

同じ技術者として若手に道を示す一方で、現場を統括する経験豊富な社会人ならではの役割にも葉山は力を注いでいる。地域住民とのコミュニケーションだ。
プロジェクトの舞台となる東清水FCは、静かな山間部にある。道も狭く、本来は地域住民の車が行き来するぐらいの場所だ。そこに巨大な施設が建設され、大型の工事車両が頻繁に通行することになる。地域住民が不安になることは安易に想像できた。
「定期的にごあいさつにうかがうほか、工事が繁忙期にさしかかって車両の出入りが多くなる時期などには説明の場を設けています。地元の方に安心していただき、当社の若手社員をはじめとして工事に携わる人が気持ちよく仕事に打ち込める環境を作ることが、私の重要な役割です。」
地域住民からは、工事とは直接関係しない要望や意見も寄せられる。葉山は、それらを素早く社内の担当部署に報告し、対応をおこなってもらう。もちろん、中にはすぐに応えることが難しい要望もある。その際は進捗状況や背景を丁寧に説明する。それらの積み重ねが、工事への信頼と協力につながっている。
2024年秋、工事は大きな節目を迎える。一つ目の増設棟が完成し、周波数変換装置をはじめとした各種の機器が搬入され、稼働試験が始まるのだ。民部と髙田が取り組んできた仕事が、いよいよ目に見える形になる段階だと言える。そして1年後の2025年には2つ目の増設棟も完成し、同様の稼働試験が始まる。工程は細かくぎっしりと予定が組み込まれており、「一つずれると後が大変」と三人は口をそろえる。しかしその表情には、災害に強い日本を作っているという自負がにじむ。すべての工事が終わり、新設備が運転を開始するのは2028年3月。その日に向けて、三人は今日も前へ進む。

小学校の授業で電気を学んだ私の子どもが、仕事のことを興味深そうに聞いてくれました。プロジェクトの意義や成果を話すことができ、誇らしくもあり、やる気もさらに高まりました。

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※掲載社員の仕事内容・所属部署は取材当時のものです。